他者の手を借りる休息

他者の手を借りる休息

「休む」には、ときどき他人が必要です。
疲れたら、早く寝る。予定を入れずに家で過ごす。ソファでぼーっとする。もちろん、それも大切な休息です。
でも、「ちゃんと寝たのに疲れている」「一日何もしなかったのに、頭が休まっていない」そんなことはありませんか?

私はトリートメントをしていて、人は、一人で休むだけでは届かない「休み方」があるのだと感じています。
それは、身体の仕組みから考えても興味深い理由があります。
一人で休んでいても「自分でやる」は残っているということ。
家で休んでいても、何を食べよう。洗濯しなきゃ。明日の予定は? LINEを返さなきゃ。
私たちの脳は、次々と仕事をつくります。そして意外と大きいのが、「自分のことを自分で管理する」という仕事。

休む時間をつくるのも自分。お風呂を準備するのも自分。セルフマッサージをするのも自分。眠ろうと努力するのも私だった!

身体は横になっていても、「自分で何とかする」という役割からは完全には離れられない・・。

他者に委ねる時間。人から心地よく触れられることについて、心理学や神経科学の分野でも研究されています。
安全で心地よいタッチは、ストレスや不安の軽減、心拍などの生理反応と関連することが報告されています。
もちろん、「触れてもらえば必ず副交感神経が優位になる」と単純に言えるものではありません。
触れられることが苦手な人もいますし、相手との関係や環境によっても反応は変わります。
大切なのは、マイサロンの中で「安全だ」「任せても大丈夫」と感じられること。ここに、一人で休むこととは違う意味があります。

「何もしなくていい」を誰かにつくってもらうトリートメントの時間は、少し特殊です。
自分で身体をほぐさなくていい。次に何をするか考えなくていい。時間を確認しなくていい。目を閉じていていい。そして、身体を預けていい。
つまり、「自分で自分を整える」という役割から、一時的に降りられる。
人間は、そもそも他者との関係の中で生きている人間のストレス反応は、一人の身体の中だけで完結するものではありません。

サロン通いは、綺麗になるだけではなくストレス反応を和らげる方向に働くことは、多くの研究で示されています。
これは「social buffering(社会的緩衝)」と呼ばれる考え方です。
簡単に言えば、誰かの存在が、ストレスに対するクッションになることがある。ということ。
私たちは、何でも一人で回復しなければならない生き物ではないのです。「触れてもらう」という休息そしてトリートメントには、もうひとつ「触覚」があります。
一定のリズムで、ゆっくりと身体に触れてもらう。自分で触るのとは違って、次にどこを触れられるのかを自分が決める必要もありません。

ただ、受け取る。

施術中に眠ってしまう方が多いのも、疲れているからだけではなく、
「もう自分が何もしなくてもいい」という環境ができていることも、ひとつの理由。
「一人になること」だけが休息ではないということ。

疲れたら一人になりたい。それも、とても自然なことです。でも、一人になることと、一人で全部抱えることは違います。
一人で静かに休む日があっていい。そして、ときには、誰かに身体を預ける。
誰かにつくってもらった静かな空間で目を閉じる。誰かに触れてもらいながら、自分は何もしない。そんな休み方があってもいい。
サロンは「何もしなくていい場所」私はトリートメントサロンを、
疲れた身体をほぐすだけの場所にはしたくありません。
肌をきれいにするだけの場所でもありません。

自分で自分を整えることを、一度やめられる場所。でありたいと思っています。
いつも誰かのために考えて、決めて、動いている人ほど、「自分のためにも何かしなくちゃ」と頑張ってしまいます。
でも本当の休息には、何かをする時間だけではなく、誰かに任せて、自分は受け取るだけの時間が必要なこともあります。
一人で休む。それでも疲れが抜けないときは、「もっと休まなきゃ」ではなく、「少し誰かに委ねてみよう」という選択肢があってもいい。
休むことまで、全部ひとりで頑張らなくていい。それが、サロンで行うトリートメント、「他者の手を借りる休息」
大切にしている理由です。